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「潮目が変わった」
人生でそんな瞬間に気づけるときは、そうない。
最近気付く機会があっただよ。
しばらく物事がうまくいくことはないだろうなあ。
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日頃ややよれた文章、理解しづらい文章を書いているぼくが、言うのもあれだけど、人の文章ってなんでこんなに読みづらいのだろう。
今日も雑誌の校正をしていて、数行目には、
「パスタやカレーなどメニューはアジアンなテイストで。」
とかいう文章がすぐ出てくる。
・・・パスタのどこがアジアンなんだよぉ。インドもざっくり言やあアジアだけど、エスニックとかなんか他に言い方あるだろぉ。
なぜその二つをくくるのに「アジアン」を使う。
と神経をすり減らす。
むしろ、パスタにカレーって、おしゃれなカフェとか言ってるけど、
「スパゲッティーとカレーライスがメニューにある喫茶店」
と言ったらどうだろう。さらに、
「ナポリタンとカレーライスってメニューの張り紙がしてある喫茶店」
ならどうだ。
ぜんぜんしゃれてない。
むしろそこに漂うのはダメの匂いだ。
要するに、パスタ的な、カフェ的な言い回しこそが「おしゃれ」の源なのだ。
言葉は差異を生みだす。付加価値を生み出す。でもあんまりぞんざいに使うなよ、とね、思うね。自戒を込めて。
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潮目が変わりきる前に、どうにか動くべきか。それとも手おくれなのか。いま考え中。この身ごなしの悪さがいかんのか。
そして、
「こんなの本当のおれのモテ期じゃない」
「って一生思ったままクキタって生き物は死んじゃうんだろうね」
とこないだ人に言われた。
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